Ai Kawashima 20th anniversary

Ai Kawashima 20th anniversary

INTRODUCTION

路上の天使と呼ばれた
シンガーソングライター

1000回路上ライブ、自主制作CD手売り5,000枚、渋谷公会堂でのワンマンライブ。
3つの目標を15歳で掲げ、3年かけて達成。
その透明感のある歌声は“天使の歌声”と絶賛された。
I WiSHのボーカルとして発表したデビューシングル
『明日への扉』がフジテレビ系バラエティー番組「あいのり」の主題歌として
タイアップされ話題を呼んだ川嶋あい。

路上から羽ばたいてから
長い年月が立ち、
川嶋あいは20周年を迎えます。

TOPICS
01 01

川嶋あい20周年
特設サイトオープン!

2022年6月23日に特設サイトをオープン致しました!
20周年を盛り上げる、様々なコンテンツをお楽しみください!

TOPICS
02 02

Ai Kawashima
Road Show 2022『最後の言葉』
プレミアム再上映会
~あのころ~開催決定!

Ai Kawashima Road Show 2022
『最後の言葉』プレミアム再上映会
~あのころ~開催決定!

歌手を夢見て福岡から上京し、デビューのあてもないまま路上で1000回ライブを達成したシンガーソングライター、川嶋あいの19歳の人生を追ったドキュメンタリー映画を一日限定で再上映致します。
日時:2022年8月20日(土)
開場/開演:15:30/16:00
場所:ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場 スクリーン1
チケット情報:
チケット申し込みは コチラ
2022年7月23日(土)12:00~
※ファンクラブ会員では無い方でもお申込みいただけますので、是非皆様お申込みくださいませ!
最後の言葉

TOPICS
03 03

川嶋あい
20周年日記

川嶋あい 20周年日記

川嶋あいのInstagram公式アカウントが開設されました!
 「20周年日記」と題し、川嶋あいの過去の出来事をファンの皆様と共に振り返ります!
 当時の秘蔵写真も盛りだくさん!是非フォローしてみてください!!

TOPICS
04 04

川嶋あい20周年記念
オフィシャルインタビュー

--路上で歌い始めてから今年で20周年。 どんな感慨を持たれていますか?
川嶋あい
遠い昔のようで、すごく近い今日だったなと感じています。ストリートに立っていたあの頃の風景を今も鮮明に思い出しますね。それぐらい体中に焼き付いている。歳を重ねていけばいくほど、あの時代を愛おしく感じます。どうしても今の自分と比べてしまうところもありますし、あの頃の自分は何をやって感動していたのか、悔しかったのか、思い起こす瞬間が今でもありますね。それぐらい鮮烈だったんだと思います。ストリートライブ1000回はもちろん、そこから旅立ったあとも新しいチャレンジと経験が待っていて、そのひとつひとつが今でも濃厚に自分の中に残っている。いつまで経っても忘れられない。
--渋谷のハチ公前や代々木公園などで路上ライブしていた自分に今の川嶋あいさんが出逢ったら、どんなことを感じると思いますか?
川嶋あい
まず「この子、何やってるんだろう?」と思うでしょうね。何の為にここで歌っているのかなって。それぐらい、やや不気味な行為をしていた気がします(笑)。ひとりで思い立って路上で歌い続けて……ただ、その歌い続けられた自分の生き方っていうんですかね。根底に流れている想いみたいなものは今も変わらないから、すごく理解できるし、共感できると思うんですよ。なので、話し出したら、一晩中、それ以上語り合いたくなると思います。
--そんな映画を観てみたいです。ちなみに、当時の音源を今聴くと、どんなことを感じたりします?
川嶋あい
あどけなさや幼さを感じます。若気の至りなのか、すごくハイなキー設定にしていますし、言葉の使い方も今じゃ絶対に書かないようなフレーズやボキャブラリーがあったりして。それが憎らしくもあり、マウントを取りたくもなるけど……「いや、これはちょっと負けたかも」と思うようなところもあったり、やっぱり不気味な存在ですよね(笑)。15,6歳で書いていた言葉たちのほうが躊躇はないんですよ。今はめちゃめちゃ時間かけて何度も書き直したりするんですけど、あの頃は10分、15分でメロディーも歌詞も書いていたし、仮歌で書いたものを結構そのままミニアルバムに収めて、それを路上で販売したりしていたんですよね。その勢いや鮮烈さが恥ずかしいぐらい、強く残されている。あの大胆さ、潔さは超えられないなと思いますね。
--その勢いの原動力って何だったんですかね?
川嶋あい
ふたつあるんですけど、ひとつは書くことが好きだったんです。それは今も変わらないんですけど、自分で言葉やメロディーを紡いでひとつの曲にして、命を吹き込んでいく作業が何よりも好きで。小学生の高学年ぐらいから書き続けているので、それは36歳になった今も嫌いにはなれなくて。だから自然に「書きたい、書かねば」という想いで、あの頃も夢中になって書いていたんだと思います。もうひとつは、まわりにいる人たち、少しずつ聴いてくれるようになったファンの方々もそうなんですけど、私を近くで支えてくれている人たちに認めてもらいたい欲求が人一倍強かったんだと思います。なんとか少しでも「良い曲を作ったね、良い歌を歌ったね」と言ってもらいたくて、それがないと自分がダメになってしまいそうで……。その一言の為に頑張っていたところもあったと思いますね。
--今も変わらず「書くことが好き」と断言できるところが凄いなと思いました。長年続けていくと、それこそ過去と比較したり、それによってペンが重くなっていくじゃないですか。それでも「好き」と思えるからこそ20年も作詞作曲を続けられているんだろうなって。
川嶋あい
たしかに、私も苦しくて書けないときもあります。書いてみても「ろくな歌がないな」と自分で思ったりしますし(笑)。でも、書くことは好きなんでしょうね。時間はかかっても何とかして書こうと思っちゃうので。
--その創作の泉はどこから湧いてくるんですか?
川嶋あい
年代によって少しずつ変わっているんですけど、10代の楽曲は昔からの妄想家気質がいちばん活きていたと思うんですよ。自分の実体験というよりも、ファンタジーの世界だったり、自分の頭の中にある想像の世界をひたすら冒険しながら書いていた。そういう爆発的なエネルギーを放出していた時代があって、20代になるとその脚本と実体験を足したような色味の楽曲が増えていくんですよね。あと、10代はまだリスナーの方たちの姿がよく見えていなかったんですけど、20代後半になるとリスナーの方たちの存在がいちばん大きくなって、それによって「ファンの方がどんな楽曲を望んでいて、どんな歌をライブで聴きたいのか。日常の中でどんな楽曲の存在が嬉しいのか」みたいなことを想像しながら書くようになりました。そして、30代の今は「次にどんなテーマで曲を書きたいか?」と自分に問いかける時間が生まれていて、10代に戻ってきたのか分からないですけど、原点に近い感じがするというか、自由になってきている。
--今の話を聞いていて、川嶋さんは最初から他の女性シンガーソングライターとは一線を画していたんだなと思いました。大体の人はギターやピアノで最初に弾き語るのって自分語りじゃないですか。そのときの自分の経験や感情を歌に吐き出していく。でも、川嶋さんは妄想からスタートしている。
川嶋あい
子供の頃から妄想は尽きなくて、すっごいヘンな子供だったんですよ。まわりの大人たちから「ヤバい、ヤバい」と思われていたんじゃないかな(笑)。女優のように自分の世界に入ってひとり芝居を創り上げて、それでひとり遊びをするわけですよ。まわりに大勢の人がいてもお構いなく。ソレをやっているときが私の中で至福の時間で、お母さんから「やめなさい!」ってめっちゃ注意されても、それだけはやめられなかったんです。15,6歳、それこそ上京するまでやめられなかった。たしかに、そんな子はまわりに居なかったでしょうね。
--その手の子供はのちに「天才」と呼ばれるタイプですよ。
川嶋あい
いやいやいや、単純にヤバい子供です(笑)。学校のホームルームの時間に先生がいろいろ話しているじゃないですか。そこでも妄想劇を始めちゃっていたので。
--先生の話と同時進行でひとり芝居をやっていたんですか?
川嶋あい
筆箱とか帽子とか使ってやり始めちゃうんです。クラスメイトは本当に不審に思っていただろうし、保護者会でいろんなお母さんたちが「あの子、どうしたの?」って話題になっちゃって。それでもやめられなかったんですよね。それが5,6歳の子供ならまだ許されると思うんですけど、私は15,6歳まで続けていたからヤバかったと思います。でも、社会に出て行くようになると、それがどこでも自由に出来なくなっちゃうじゃないですか(笑)。
--おまわりさんに補導されちゃいますね(笑)。
川嶋あい
だから、曲に昇華させていくようになったのかもしれない。自分の中で衝動的に始まっちゃう妄想の世界を音楽で表現するようになった。この話、今初めて世の中に打ち明けました。
--デビュー当時に打ち明けていたら、また違う音楽人生を歩んでいたかもしれませんね。
川嶋あい
ウチの社長は私のそういう性質を知っているんですよ。出逢ったときから「おまえ、それはやめろ」と言われていて(笑)。それぐらい妄想が止められなくてひとり芝居として溢れちゃっていたので、まわりから見たら人間として欠落している部分がある子供だったと思うんです。だから、音楽という表現方法を覚えたことは私にとって本当に大きかったんですよね。
--自分の中から歌が生まれたときはどんな気持ちだったんですか?
川嶋あい
母から「メロディー付けてみたら?」とふと言われたことがきっかけで、衝動的に生まれたんですけど、ひとつ創ったらそれもまたやめられなくなっちゃって。「これ、楽しいな!」と思って。そこからずっと今日まで書き続けている。たぶん、人それぞれ何かに物凄く長けていたり、物凄く集中できたり、そういう力が備わっていると思うんですけど、私の場合は母が歌の道へ進むきっかけを与えてくれたので……そこに収まった(笑)。
--収まれてよかったですね(笑)。
川嶋あい
それがなかったらどうしちゃっていたんだろうと心配になります(笑)。衝動が止められないのは、もう生まれながらの気質だったと思うので。歌と出逢わせてもらえて本当によかったです。
--歌との出逢いは偶発的なものだったかもしれませんが、音楽の世界で20年間活動するには川嶋さん自身の強い意志が必要だったわけじゃないですか。そこで聞きたいのですが、音楽を辞めようと思ったことはなかったんですか?
川嶋あい
常に「引退したい」と思っていました(笑)。何度も何度もそれは考えましたね。自分の才能の無さ、力の無さ、やりきれなさ、そういうものはいろんな瞬間に感じちゃいますし、それで自分は本当にダメだなと感じたときに「引退したい」と思っちゃう。でも、ライブがあったり、レコーディングがあったり、制作があったりすると、忘れちゃうんですよ。その悩みを払拭するぐらい集中しないといけないし、その結果「良い曲が書けた!」みたいな達成感があったり、小さくても大きくても何かを成し遂げたときは、そういうネガティヴな感情が消えていく。その積み重ねでここまで活動できたんだと思います。
--何度も心折れそうになっては復活し、それを繰り返してきたストーリーだったんですね。先ほど「近くで支えてくれている人たちに認めてもらいたい欲求が人一倍強かった」というお話もありましたが、そうした自分の原動力となった仲間たちとの出逢いも含めて、この20年間は冒険だったんじゃないですか?
川嶋あい
冒険でした。やっぱりひとりじゃ出来ないことなので、誰とこの活動をやっていくかが重要だったと思うんですよね。そう考えると、路上ライブで出逢った人たちと一緒にやってきたプロジェクトが気付いたら20年。素人軍団から始まった特殊なレコード会社なんですけど、個性的な仲間たちと同じ船に乗って旅している感覚は今もずっと続いていますね。今はこのレコード会社を離れて会えなくなっている仲間もいますけど、久しぶりに再会すると、みんなと一緒に過ごしていた当時の話になったりして、今も想いが変わらないことに気付いたりするので、それはとても幸せなことだなと思っています。今から20年前、はじまりの汽笛を共に感じたクルーなので、既存のルールがない中で手探りで「どうこれから一歩を踏み出していくか」一緒に模索してきた仲間だし、毎日のように一緒にご飯も食べていたし、電話でも何時間も何十時間も話していたし、だからこそ離れ離れになってなかなか会えなくなると切ないんですけど、たまに集まったときに「みんな同じ気持ちなんだな」と確認し合える。本当に嬉しいですし、それが私の20年間を後押ししてくれた感覚もあります。
--その20年間を支えてくれたファンについてもお話を伺いたいのですが、今、川嶋さんの中でファンはどんな存在になっていますか?
川嶋あい
いろんなことを教えてくれた方々なんですよね。特に歌と音楽と向き合っていく姿勢みたいなものは、ファンの方々に教えて頂いた気がします。ただ制作だけをやるんじゃなくて、ライブという場所があったから感じたことでもあるんですけど、8月20日という大切な日が毎年訪れて、そこにライブがあったときに「どういう風にライブをやろうか」と自分と対峙して考えるんです。そのときにファンの皆さんのことを想像するんですよね。どんな楽曲を求めているのか。この場面はどんな風に感じるのか。そういう想像力を本当に鍛えて養わせて頂いた存在ですし、1年1年と時が経つごとに教わることがどんどん増えていく。なので、本当に感謝しています。
--その8月20日の舞台となってきた渋谷公会堂は、川嶋さんにとってどんな場所になっているんでしょう?
川嶋あい
これもまた不思議なんですけど、いちばん歌いやすい場所なんですよね。いろんなホールで歌わせてはもらっているんですけど、毎回「こんなに気持ち良く歌える場所はないな」って思うんです。歌い手としては、どういう風に響く空間なのか。2階席があったら、2階の人たちともちゃんと一体感を生めるのか。いろんなことが気になるんですけど、渋公はすべてがベストなんですよ。そういう面でも運命を感じるし、その場所を目標にしてストリートに立っていたということも含め、不思議な巡り合わせですよね。今、LINE CUBE SHIBUYAになって場所が少し変わったじゃないですか。楽屋とかも新しくなって変わっていたんですけど、ハコ自体は変わっていないように感じたんです。客席もステージも変わっているはずなんですけど、私の中では全然変わっていないんです。それも不思議だし、今も大好きな場所ですね。
--では、最後に、ファンの皆さんへのメッセージをお願いします。
川嶋あい
20年という月日が経ったことに自分自身も驚いているんですけど、応援してくださる皆さんがいたからこそ、明日に向かって歩いていくことができました。皆さんから頂いたものに対して、お返しできるようなことをやっていけたらと思っていますので、これからもよろしくお願いします!
Interviewer:平賀哲雄